お別れ

年末まで天気悪そうですね。

今日は叔母(私の母親の弟の妻)とのお別れをしてきました。
叔母は、今日未明亡くなりました。
今年の始めに、大腸がんの手術を行い、その時はすっかり良くなるものだと私は思っていました。
しかし、すでに手術の段階で、もうどうする事も出来なかったようです。
今年いっぱいはもつだろうと叔父は言ってたようですが、昨夜から急変したみたいです。

叔父から昨年の11月に、大量の薪の情報を頂き、叔父叔母、父母、私の5人で、薪伐採地から叔父の管理している畑まで、軽トラにて何度も運びました。
薪伐採地は急いで除去しなければならない状態だったので、会社を1日休んで、せっせせっせと運びましたが、それでも1日では終了出来ず、次の日は叔父叔母、父母で薪を運んで頂きました。
運んだ後は、チェンソーにて玉切り。やってもやっても終わらない状態でしたが、何日かかけてやっと玉切り終了。
その後は、私が一人で薪割りをしなければなりませんでした。

今年2月、母親から、叔母がちょっと具合悪いみたいで、大学病院に入院したからと聞き、お見舞いに行った際、本人も「大腸がんだってね。」と、特に落ち込むような顔もせず、普通に話していました。
今年11月末、母親から、どうも調子悪く、大学病院から故郷の病院に移るから、その前にお見舞い行って来いと聞き、その時初めて余命少ない事を聞きました。
お見舞いに行った際、後姿だけではどの人が叔母なのかは分からず、名前を読んだら振り返りましたが、随分とやつれた感じでした。
体も一回り小さくなったように見えました。
話す声も小さく、よく聞き取れなかったけど、薪の話を少して、「叔母さんのおかげで、薪あったかいわ。」と言うとニコッと笑っていました。

故郷の病院に移動してから、母親が付き添いで時々世話をしていた時に、薪の話とかを叔母に話していたようで、その薪の話をお隣?の患者さんの世話している人が聞いてたのか、これまた大量の薪の話を頂き、春になったら薪を貰えそうな感じです。
不思議な薪つながり。
叔母に感謝しなければなりません。

孫も沢山増えて、これからまだまだやりたい事があったかもしれません。早すぎです。
安らかに眠って下さい。
合掌



(大量な薪。松が半分以上ですが、コナラも沢山あります)
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(積みきれないほどあります)
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(割っても割っても終わりません)
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この記事へのコメント

歌凛
2010年12月26日 15:19
わたしはまだごく近しい人のお見送りを経験していないので、そのときがきてきちんと大人らしく振舞えるか心配です。これからは周囲とのお別れが増える年齢になってきたのだなぁと思うと寂しいですね。。

病気は患っている本人もとてもつらいし、その家族にとっても同じようにつらいことです。健康を保つことは自分のためでもあり家族のためでもあるのだろうなぁと思います。おたがいに健康に気をつけましょう。


2010年12月26日 21:24
歌凛さんへ

私がまだ小さい頃、叔母の事を「xxxちゃん」と名前で呼んでいました。
その頃の叔母は、まだ20代前半だったと思います。

葬儀で弔辞が読まれていた時、涙をこらえるのでいっぱいでした。
上向いて涙がこぼれないようにして、弔辞を途中から聞かないようにしていました。だから最後の方はあまり覚えていません。くだらん勘違いですかね。

火葬場で、最後に扉が閉まる間際、娘さんが「お母さん。お母さん。」と何度も呼んでいる声を聞くと、あっという間に涙があふれ、これまた必死でこらえていました。
涙もろくなってしまいました。